「コーヒー=苦いもの」という私の固定観念は、その日、音を立てて崩れました。
カップから漂うのは、どこをどう嗅いでも「完熟したピーチ」。一口飲めば、口いっぱいに広がる桃の天然水のような甘さと爽やかさ。
「……香料入ってる?」
正直、疑いました。でも、調べていくうちに分かったのは、これが「香料」ではなく「徹底的に管理されたプロセスの結果」だということ。ロジカルに解明しないと気が済まない私の、アナエロビック(嫌気性発酵)探究記録です。
目次
1. 脳をバグらせた正体「エルパライソ農園」
今回出会ったのは、コロンビアのエルパライソ農園の豆。コーヒーマニアの間では「変態(褒め言葉)」と呼ばれるほど、精製プロセスに異常なこだわりを持つ農園です。
私が感じたあのピーチ感は、偶然の産物ではなく、「狙って作られた味」でした。
なぜそんな味がするのか?
その秘密が、今トレンドの「アナエロビック(嫌気性発酵)」。 簡単に言うと、酸素を遮断したタンクに豆をぶち込み、微生物の働きをハックする手法です。
2. 【図解】もはや精密機械。エルパライソの変態工程
「なぜ再現性高くピーチ味を作れるのか?」を整理したのがこのフローです。もはや農作業というより、化学工場のラインに近い。
graph TD
A[収穫: 完熟チェリー] --> B{第1の変数}
B -->|酸素を遮断して48時間| C[嫌気性発酵 18℃]
C --> D[果肉を剥く]
D --> E{第2の変数}
E -->|さらに24時間| F[嫌気性発酵 19℃]
F --> G[★サーマルショック]
subgraph "ここが味の決め手"
G --> H[40℃の温水で洗う]
H -->|気孔を開く| I[12℃の冷水で締める]
I -->|フレーバーを封じ込める| J[成分固定]
end
J --> K[完成: ピーチの衝撃]
style G fill:#ffdfba,stroke:#333,stroke-width:2px
特に感動したのが、後半の「サーマルショック」。 温水で豆の気孔をガバッと開いて成分を浸透させ、冷水で一気にキュッと閉じる。「揮発性の高い香気成分を物理的にパッキングする」作業です。これが、あの強烈なアロマの正体でした。
3. 「数値管理」がコーヒーを自由にする
アナエロビックは「不確実性(天候や環境)を定数に変える作業」です。
| 項目 | 従来のコーヒー | アナエロビック(エルパライソ) |
| 発酵の主役 | 自然界の気まぐれな菌 | 選別された嫌気性微生物 |
| 温度管理 | 出たとこ勝負 | タンク内で1℃単位の管理 |
| 結果 | 毎年味が変わる良さ | 狙ったフレーバーを再現する強さ |
「テロワール(土地の力)こそが正義」というこれまでのコーヒー界の常識を、ロジックとテクノロジーが上書きした瞬間に立ち会った気がしました。
4. まとめ
- エルパライソの衝撃: ピーチそのものの香りがするが、香料は一切使われていない。
- アナエロビックの正体: 酸素を遮断したタンクで微生物を制御し、特定の香気成分(エステル類)を生成させる手法。
- サーマルショックの役割: 温水と冷水の温度差を利用し、生成されたフレーバーを豆の内部に物理的に閉じ込める工程。
- 結論: 現代のコーヒーは「育てるもの」から「緻密に設計(デザイン)するもの」へと進化している。

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